設計事務所で手描きスケッチをAIパースへ展開し、光や素材の表現を調整してきました。前回は、家具、インテリア、アート、窓の外の景色まで含めて、別荘・高級住宅の世界観を描く実践を紹介しました。
けれども、画像の完成度が上がることと、設計士が「自分たちの提案として使いたい」と思えることは、同じではありません。
長年守ってきた美意識を、新しい道具にどう託すのか。今回の伴走記は、ベテラン設計士の抵抗から始まった対話の記録です。
「あのテカテカしたCGを、私たちの顔として見せられない」
白い壁、木目の美しい無垢のテーブル。その上には、ベテラン設計士が使い込んできた万年筆が置かれていました。
「山本さん、おっしゃることは分かります。でも……AIが描いたあのテカテカした、誰が作ったかも分からない平均的なCGパースを、私たちの『顔』としてお施主様にお見せするわけにはいかないんです」
静かな口調でしたが、言葉には明確な意思がありました。隣に座る若手スタッフも、耳を傾けています。
この設計士は、長年、手描きスケッチと図面、そして自ら吟味した直輸入建材を組み合わせて住まいをつくってきました。素材の名前を知っているだけではありません。光を受けたときの表情、触れたときの感触、使い続けたときの変化まで、設計の判断に重ねてきた人です。
その人にとって、AIが描く不自然な光沢や曖昧な納まりは、単なる画像の欠点ではありません。お施主様に示す「自分たちの仕事」と食い違うものでした。
私は、ここで操作方法の説明を続けるべきではないと感じました。本人が納得できない画像を、速く作れるという理由だけで提案に使うことはできません。まず、何を守りたいのかを聞く必要がありました。
画像への不満の奥に、設計の基準があった
床の石が鏡のように反射する。漆喰のはずの壁が、平らな白い面に見える。部屋の奥まで均一に明るく、窓から入る光の方向が分からない。
設計士の指摘は、どれも具体的でした。
「私たちの家づくりは、夕暮れ時に窓から差し込む斜光が、漆喰の凹凸に落とす繊細な影の深さを味わうためのものなんです」
その言葉を聞くと、画像への抵抗の意味が見えてきます。見栄えの良いパースを求めているだけではない。そこで過ごす時間を支える、光と素材の関係を大切にしているのです。
伴走記#3では、ギラつきの原因を光・素材・形に分けて調整しました。今回は、その調整の基準を、設計士本人の言葉から掘り下げます。「安っぽいから直す」だけではなく、「自分たちは何を上質と考えているのか」を明らかにする対話でした。
操作画面を閉じ、3時間かけて美意識を聞く
私はAIの操作をいったん止め、実績写真と手描きスケッチ、大理石、無垢フローリング、漆喰壁の実物サンプルをテーブルに並べました。
「空間の品格を決めている要素を、細かく教えてください」
そこから、約3時間にわたる対話が始まりました。
漆喰は「白い壁」ではなかった
最初に聞いたのは壁のことです。白ければよいわけではありません。少し黄みを含む色、左官職人のコテ跡、不均一な凹凸。その表面が光を柔らかく受け、細かな影をつくることが大切でした。
写真とサンプルを並べると、「白い漆喰」という短い言葉の中に、どれほど多くの判断が含まれているかが分かります。AIへ伝える際にも、色だけではなく、仕上げの状態と光の受け方を整理する必要がありました。
明るさより、残す影を大切にしていた
次は、光です。部屋全体を明るく照らしたいのではありません。入口側には暗さを残し、窓際のヌックへ夕暮れの柔らかな光を通す。読書をする場所が、周囲の落ち着きの中から浮かび上がるような明暗を求めていました。
画像を隅々まで見せようとすると、AIは影まで消してしまうことがあります。しかし、設計士が大切にしていたのは、その影も含めた空間でした。どこを明るくするかと同時に、どこを暗く残すかを書き取っていきました。
オーク材は、名前だけで決まらない
床には、艶を抑えた無垢オーク材。ブラッシュド加工による表情や、使い込まれたような落ち着きも重視していました。
裸足で触れたときの温かさは、画像そのものからは伝えられません。それでも、強すぎる反射を避け、木の表情が見えるようにすることで、実物の魅力に近づく表現は探せます。ここでも、画像で表すものと、サンプルで確かめるものを分けました。
設計士の言葉を、生成と確認の条件へ置き換える
私は聞いた内容を、素材、表面の状態、光、影、空間の見せ方に分けて整理しました。長い文章に感覚的な言葉を詰め込むと、条件が重なったり、矛盾したりするためです。
たとえば、漆喰なら「色」「コテ跡」「艶」、床なら「樹種」「仕上げ」「木目」、光なら「入る方向」「照らしたい場所」「暗く残す場所」。その一方で、変えてはいけない建物形状や開口部も明確にします。
さらに、生成時の指示と、出力後に人が確認する項目を分けました。艶を抑えるよう指示しても、適切な表現になるとは限りません。光の方向を指定しても、実際の方位や窓との整合は設計士が見る必要があります。
ここでつくったのは、設計士の判断を省くための指示ではありません。本人の美意識を、AIで試し、本人が確かめられる形にした条件です。技術を教える立場の私にも、まず設計士の言葉を理解する仕事がありました。
「頭の中にあった光の表情」が、画面に現れた
条件を整理した後、再び生成画面を開きました。先ほどの対話をもとにした指示を入力し、出力された画像を一緒に見ます。
室内には夕暮れの斜光が入り、漆喰壁の凹凸に細かな陰影が見えました。オークの床も、最初の画像のように白く光りすぎず、落ち着いた表情になっています。
ベテラン設計士が身を乗り出し、画面を見つめました。
「……これ、私がいつもお施主様の図面を引きながら、頭の中で思い描いていた光の表情、そのものです……」
続いて、AIを「話のわかる相棒」と感じられたことを話してくれました。その場では、次に別の部屋を試すことや、輸入素材の表現をどう言葉にするかという話が始まりました。
それまでの「この画像を自分たちの顔として出せるのか」という緊張が、「次は何を伝えて、どう確かめようか」という議論へ変わった。その変化が、この日の大きな手応えでした。
もちろん、良い反応があったからといって、画像の形状や仕様まで正しくなったとは言えません。設計との照合も、実物サンプルでの確認も続きます。ただ、設計士自身が評価の中心に立ち、AIを試す理由を見いだせたことには意味がありました。
美意識を守る人が、道具の主導権を持つ
「AIに魂を奪われる」という抵抗の奥には、お施主様に対して、自分たちが納得できる空間を示したいという責任感がありました。その責任感を取り除く必要はありません。むしろ、生成された画像を選び、止め、直す基準として大切にするべきものです。
この日、私が実感したのは、AIの操作を教える前に、その会社が守ってきた仕事を聞くことの重要さでした。写真や実物を囲み、設計士が何を見ているかを知る。その言葉を指示に変え、出力を一緒に確かめる。伴走は、その往復から始まります。
次の課題は、この対話で整理した条件を、実際のお施主様との面談でどう使うかです。次回は、初回面談の最中に試験的に画像を生成し、数週間後のCADパース提示との役割を考えた実践を紹介します。