「提案したい暮らしは見えている。でも、それをお客様に見せる写真が、まだない」
ある設計事務所とのAI活用は、そんな率直な悩みから始まりました。
この設計事務所には、これまでに手がけてきた住宅と、長年培ってきた設計技術があります。「目に見える実績がない」というのは、会社として施工実績がないという意味ではありません。
これから新しく提案したいライフスタイルや空間について、完成写真や施工事例がまだ存在しないという意味です。
建てたことのない空間には、当然ながら完成写真がありません。しかし、完成写真がなければ、お施主様はその魅力を具体的に想像しにくくなります。
この矛盾をどう乗り越えるか。
それが、設計事務所と私・山本が取り組み始めた、建築AI・伴走記の最初のテーマです。
豊富な設計実績があっても、新しい提案には写真がない
設計事務所は、これまで数多くの住宅を手がけ、独自の美意識と設計手法を積み重ねてきました。
一方、住宅に求められる価値は、少しずつ変化しています。
間取り、性能、素材を説明するだけでなく、その住宅で家族がどのような時間を過ごせるのか。日常から少し離れて心を整える場所、家族や仲間と過ごす場所、自分の趣味に没頭できる場所など、暮らしの場面まで伝えることが求められています。
設計事務所にも、これから提案したい空間の方向性がありました。
しかし、新しい提案だからこそ、それを象徴する施工写真がまだありません。
言葉だけでは空間の雰囲気まで伝わりにくい
参考写真だけでは自社の提案として見せにくい
従来のCGパースでは制作に時間がかかる
まだ設計条件が固まっていない段階で、詳細な3Dモデルを作るのは負担が大きい
美しく見せることを優先すると、設計事務所らしい品格を失う可能性がある
「何か新しいことを始めたい。しかし、最初の一件を受注するために見せるものがない」
これは、新しい住宅商品やブランドを立ち上げる工務店・設計事務所が直面しやすい課題です。
最初から「AIを導入しましょう」とは考えなかった
私は、この設計事務所へ、最初からAIツールの導入を提案したわけではありません。
先に確認したのは、現在の打合せ方法と、これからお施主様へ伝えたい価値でした。
どのような住宅を提案してきたのか
どのような素材を大切にしているのか
お施主様とは、どのような言葉で会話しているのか
これから、どのような暮らしを提案したいのか
現在の提案資料では、何が伝わりにくいのか
スタッフが無理なく続けられる方法は何か
AIは目的ではありません。
必要なのは、新しいライフスタイル提案を、お施主様が理解できる形にすることです。その方法を考えた結果、生成AIによるビジュアル検討が選択肢に入りました。
外から正解を渡すのではなく、同じ机で悩む
外部のコンサルタントであれば、導入するAIツール、プロンプト、運用マニュアルをまとめ、「この手順で進めてください」と渡すこともできます。
しかし、それだけでは現場へ定着しません。
設計事務所には、それぞれ異なる美意識、設計方法、接客の流れがあります。一般的に評価されるきれいな画像でも、その会社らしい建築に見えなければ、実務では使えません。
私は、設計事務所の打合せに入り、実際の資料、素材、会話、スタッフの反応を見ながら、一緒に方法を探すことにしました。
きれいな成功事例だけを見せるのではなく、うまくいかなかった画像も並べます。
「これは自分たちの建築には見えない」
「光が派手すぎる」
「素材が安っぽく見える」
「建築よりも家具や植栽が目立っている」
「画像としては美しいが、このままではお客様に誤解を与える」
こうした違和感を一つずつ言葉にすることが、最初の仕事でした。
AIの操作方法を覚える前に、「自分たちは何を美しいと判断し、何を不自然だと感じるのか」を共有する必要があったからです。
AIで描く画像と、本物の素材を組み合わせる仮説
検討の中で見えてきたのが、AIによるビジュアルと、設計事務所が扱う本物の素材を組み合わせる方法です。
AIは、まだ建っていない空間の雰囲気を可視化することが得意です。
例えば、次のような方向性を、初期段階から比較できます。
光が入る時間帯
木、石、タイル、塗り壁の組み合わせ
家具を配置した空間のスケール
中庭やテラスで過ごす場面
昼景、夕景、夜景による印象の違い
家族、友人、ペットと過ごす時間
一方、AI画像だけでは、素材の重さ、冷たさ、温かさ、細かな凹凸、経年変化までは伝えられません。
そこで、AIが描いた空間を画面で見せながら、その空間に使いたい天然木、石、タイルなどの実物サンプルへ触れてもらう方法を考えました。
画面の中では、空間全体の方向性を確認する。
手元では、本物の素材を見て触れる。
AI画像と実物素材は、どちらか一方で完結させるのではなく、それぞれの得意な役割を組み合わせます。
これが、この伴走で検証を始めた最初の仮説です。
AIの導入より難しいのは、社内の納得をつくること
新しい方法を始めるとき、スタッフ全員が最初から同じ期待を持つわけではありません。
本当に実務で使えるのか
自社の建築が安っぽくならないか
操作を覚える仕事が増えるのではないか
AI画像を見せて、お施主様が誤解しないか
これまで培った設計技術が軽く見られないか
こうした不安は、AIに反対しているから生まれるのではありません。
設計とお施主様への説明に責任を持っているからこそ、簡単には受け入れられないのです。
そのため、最初から大きな成果や全社導入を目指しませんでした。
まずは一つのスケッチ、一つの空間、一つの提案で試します。
どの資料をAIへ渡したか
何が正しく表現されたか
何が変わってしまったか
設計事務所らしさが残っているか
お施主様へ何を説明する必要があるか
従来の方法より、本当に負担が減るか
小さな検証を繰り返し、「これなら使える」と感じられる体験を社内に増やしていくことにしました。
最初の段階で決めた、AIへ任せないこと
AIを使い始めると、できることを増やしたくなります。
しかし、実務へ導入するには、何をAIへ任せないかを先に決める必要があります。
この伴走では、AI画像を次のように位置づけました。
新しい空間の方向性を検討するための画像
お施主様との会話を始めるための画像
素材や光、家具、暮らし方を比較するための画像
確定前の考えを共有するための画像
一方、次の内容はAI画像だけで判断しません。
正確な寸法
法規
構造
断熱・耐震性能
建材や設備の正式な仕様
施工可能性
見積金額
最終的な設計と契約内容
生成された画像がどれほど実写のように見えても、正式な図面や仕様書の代わりにはなりません。
この境界を設計事務所と共有しておくことが、安心して検証を続けるための前提になりました。
最初に目指したのは、作品ではなく「対話の入口」
この時点では、AIを使った新しい提案方法は完成していません。
スタッフ全員が使いこなし、受注実績が積み上がったという成功談でもありません。
まだ存在しない空間を、どうすれば自社らしく見せられるのか。
AIが作った画像を、どこまで信頼してよいのか。
自社の美意識を、どのような言葉や画像でAIへ伝えるのか。
お施主様へ、検討用画像であることをどう説明するのか。
それらを一つずつ確認している段階です。
ただ、最初の検証によって一つの方向性が見えました。
AI画像は、完成した答えとして提示するものではありません。
設計士とお施主様が同じ画面を見ながら、「この光が好き」「この素材は違う」「ここで家族と過ごしたい」と会話するための入口として使えます。
その会話を、実際の設計へ落とし込むのは人です。
AIが設計事務所の審美眼を代替するのではなく、まだ言葉になっていない考えを可視化し、対話を助ける。その役割であれば、これまでの設計技術と無理なく共存できます。
伴走記#1で見えたこと
最初の検証で見えてきたことを整理します。
新しい提案には、完成写真が存在しないという壁がある
AIは、まだ建っていない空間の方向性を見せる手段になる
美しい画像を作るだけでは、その会社らしい提案にはならない
設計事務所の違和感や美意識を言葉にする工程が必要
AI画像と本物の素材を組み合わせることで、提案を補完できる
全社導入より先に、小さな検証と納得を積み重ねる
AI画像と正式な設計資料の役割を分ける
最初の成果は、画像の完成度より、対話が始まること
この段階では、まだ手探りです。
だからこそ、この連載では、完成後の成功事例だけでなく、途中で起きた迷い、失敗、修正も記録していきます。
次回|手描きスケッチがAIパースへ変わった瞬間
次の検証では、設計士が描いた手描きスケッチをAIへ読み込ませました。
わずかな線で描かれた空間を、AIはどこまで理解できるのか。
スケッチの構図を守れるのか。
素材、光、家具を加えても、設計意図は残るのか。
そして、生成された画像を見た設計事務所のスタッフは、どのような反応を示したのか。
次回は、手描きスケッチからAIパースを作成した実際の検証と、そこで見つかった可能性と課題を紹介します。
【建築AI・伴走記 #2】手書きスケッチが数秒で住宅パースに変わる|設計事務所とのAI実践
建築AIの全体像を先に確認したい方はこちらをご覧ください。
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